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Sr.川下ハセ マリアは、1933年3月31日、長崎県平戸市大佐志町で祖父母、両親、兄2人、姉2人、弟3人 堅実なカトリック信者の大家族の三女として生まれ、生後すぐカトリック紐差教会で洗礼を受け、マリアの霊名をいただきました。
祖父母、両親をはじめ、家族全員がカトリック信徒であったため、幼い頃から家庭の中で、深い信仰と誠実な生き方、働きと祈りの精神、神様と人への愛のために、喜んで自分を捧げる生き方を身につけていきました。
十代半ば頃、宮崎に住んでいた親戚を通してサレジオ会の宣教師リベアベラ神父様から、カトリック生活やサレジオ会発行の小冊子が毎月家に届けられ、それらを通して、サレジオ会やサレジアン・シスターズの働きを知るようになり、戦後の貧しい状況の中で、子どもたちのために喜んで働いているシスターたちを見て、その生き方に魅了され、またシスターたちが家庭を訪問するなど、さまざまな関わりの中で、召命が芽生えていきました。
1947年4月、14歳で、別府・浜脇にあった聖マリア・マザレロ修道院に、サレジアン・シスターズの志願者として入会しました。2年間の志願期、半年間のポストラートのあと、東京に移動し修練期を過ごし、1951年8月5日、東京の扶助者聖マリア修道院で18歳の時、初誓願を立てました。
立願後、別府の聖マリア・マザレロ修道院で、台所と財務担当の任務を委ねられました。その後、1964年から大分聖ヨゼフ修道院で5年間、副院長として、1969年に、1年間、イタリアのトリーノに派遣され、創立者の地において、修道会の霊性や教育精神を学びました。当初は3か月の予定でしたが、当時の総長マードレ・エルシリア・カンタの配慮によって、1年間の滞在となりました。これを、Sr.川下は深い感謝を込めて思い出していました。
1970年、帰国後、サレジオ会の志願院、神学院の家政を支える使命をもつ調布マンマ・マルゲリータ修道院、1977年には川崎のスオル・テレザ・ヴァルセ・パンテリーニ修道院で院長として、大勢の若い中高生、大学生、神学生たちをはじめ、サレジオ会員たちの一番の援助者であり、台所や洗濯場で、姉妹たちとともに母親の心をもって、寛大に奉仕しました。1983年には調布聖心修道院で会計係を務め、翌年は山中に異動し、約10年間、副院長、会計、山中星美ホームの施設長、1995年からは、湯布院と山中の修道院に交互に院長としての任務を果たしました。2017年、院長の使命を終えてからも、山中修道院で院内奉仕をしながら生活し、やがてデイサービスにも通うようになりました。2025年3月には、調布聖ヨゼフ修道院に移り、そこで穏やかな日々を過ごしました。新しい生活にもよく適応し、何一つ不平を口にすることはありませんでした。
18歳の時に初誓願を立て、今年、8月5日に誓願宣立75周年を祝ったばかりの8月11日、腹痛を訴え、病院へ緊急搬送され、入院となりましたが、夜中に容態が急変し、そのまま静かに御父の御許に召されました。
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