No.1056
最愛なる姉妹の皆さまへ
聖霊に耳を傾けながら、総会3年目のヴェリフィカから寄せられた資料、そして修道会をより深く知る上で貴重な体験を読み、深めることに努めた冬のプレヌム(全体会)を終えた今、わたしたちは皆さまとともに、第25 回総会へと向かう歩みを始めるために、この書簡をお届けします。
この数年間で特に意義深かった出来事を、わたしたちは改めて心に刻みました。すなわち、修道会創立150周年、「いのちを生みだす活性化のために」をテーマとした管区協議会のセミナー、総会3年目のヴェリフィカ、聖マリア・トロンカッティの列聖、最初の宣教女派遣 150周年に向けた 3年間の準備期間、シノダリタ(共に歩む)に関するシノドス、そして教皇フランシスコによって開幕され、 教皇レオ14世によって閉幕された「希望の聖年」です。
わたしたちは、世界の現実と各地の状況から強く問いかけを受けています。そこには、不確実さの広がり、 対立の深まり、人権の侵害、自由の制限といった現実があります。このような状況の中で、わたしたちは識別の歩みを進めてきました。そして、サレジアンファミリーにおける扶助者聖母会員としての召命という賜物の豊かさを、あらためて深く感じ取りました。同時に、その賜物を新たにし、若者の救いのために生きるよう招かれていることを再確認しました。
続くページには、第25回総会の正式な招集と管区会議開催のための指針とともに、総会テーマについてのいくつかの考察が記されています。これらは祈りのうちに、評議員である姉妹たちとの分かち合いの中で、そして各管区の声に耳を傾けながら練り上げてきたものです。
第25回総会の招集
本チルコラーレをもって、会憲第138条に基づき、第25回総会を正式に招集いたします。 総会は、2027年9月22日、ローマの総本部において開会いたします。総会は、「神のご意志の共同体的探求にとっての、点検、省察、方向づけのための重要な時」と位置づけられています。この出来事には、扶助者聖母会のすべての共同体が、「祈り、研究、提案よる参与をもって協力」します(会惠135条)。
総会の目的は、「本会が、教会および世界の中での、より効果的な現存であるために、本会の生活に関する最も重要な諸問題を取り扱う」(会憲136条b)ことです。
特に重要な務めは、総長および総評議員の選出です。ドン ボスコは、ニッツァ・モンフェッラートで第2回総会を招集した際、優れた評議会と賢明な総長の選出に「本会全体の利益と神の栄光の大部分がかかっています」[1]と記しています。
そのため、今この時から、総会が実り豊かなものとなるよう、個人としても共同体としても、聖霊の助けを祈り求めてくださるようお願いいたします。わたしたちはこの総会を、扶助者聖母マリアと聖マリア・トロンカッティの特別なご保護に委ねます。
なお、総会の運営委員長として、Sr. マリア・デル・ロザリオ・ガルシア・リバスを任命いたしました。彼女は第25回総会の準備および進行を支える責任を担います。各管区会議の文書は、彼女宛に送付してください。
また、総会参加者が創立の地において、神のみことばに深く耳を傾け、祈り、識別し、カリスマの源泉と向き合う体験をもつことは、美しい伝統となっています。
そのため総会は、参加者同士の相互理解の時と、モルネーゼでの黙想会をもって始まります。それは、まるで故郷に帰るような体験となるでしょう。自らのルーツをあらためて見いだし、今日を知恵と勇気をもって生き、希望をもって未来へと歩み出すための時となるでしょう。
総会テーマ
第25回総会(CG XXV)のテーマは、これまで取り上げてきた養成的テーマ、すなわち、シノダリタ(ともに歩む)、宣教性、平和への配慮、世界の現実と若者の現実の読み取りとつながっています。そこにはまた、教皇フランシスコと教皇レオ14世の教え、そして聖マリア・トロンカッティの生涯から湧き出るメッセージも響いています。
こうしてわたしたちは、次のテーマに至りました。
「あなたがたは幸いである……」
カリスマの預言的な力をもって、
若者とともに交わりの宣教者として
第25回総会においてわたしたちが目指す目標は、わたしたちのカリスマ的アイデンティティの特徴である宣教への情熱を再び燃え立たせることです。
このテーマは、第24回総会および、この6年間に修道会が取り組んできた「いのちを生み出す共同体となる」という歩みとも深く結びついています。
福音の「真福八端」は、いのちを生み出し、驚くべき新しさをもたらす源泉です。
真福八端のパラダイムは、現在改訂作業中の養成計画および教育使命の指針においても、導き手となるでしょう。
わたしたちは、特定の一つあるいは複数の真福にとどまるのではなく、そこに表れている福音の論理、すなわち、世の流れに逆らう生き方の論理、父のみことばであるイエスに根ざし、イエスを中心とする生き方の論理に目を向けます。
真福八端の選択の中に、共同体、若者、そして世界が上げる平和への叫びに対する答えを見いだします。
真福八端は、抽象的な八つの徳を称賛しているのではありません。そこでは、神の喜びにあずかる人々、つまり貧しい人、悲しむ人、柔和な人々などが祝福されているのです。それは、イエスとマリアだけでなく、よく知られた聖人たちや、「身近な聖人」、すなわち「わたしたちのすぐ近くで神の現存を映し出す」[2]人々の姿をも思い起こさせます。
わたしたちの共同体は、それぞれの仕方で一つの願いを表しています。それは、聖霊の賜物であるカリスマという生ける源泉から渇きを癒やされること、そしてドン ボスコとマードレ マザレロの同じ愛、聖マリア・トロンカッティの同じ宣教への情熱を、すべての人に届けることです。
カリスマのダイナミズムは、修道会の活力と普遍性の源です。扶助者聖母会最初の宣教出発150周年、そして聖マリア・トロンカッティの列聖は、わたしたちに、より勇気ある創造的な忠実さへと、そして神の国の新たなフロンティアへと「出向いて行く」よう呼びかけています。
今日、これまで以上に切実なのは、わたしたちが若者の世界に対する預言を表すことです。すなわち、若者とともに、若者のために、真福八端の精神において福音的市民を生きることです。[3]
テーマを深めるための貢献
真福八端の今日的意義をあらためて見いだしましょう。それは、個人として、また共同体としての回心への招きです。わたしたちの生活と宣教の現実を真福八端と照らし合わせながら、その意味を深めていきます。
以下 略
[1] 扶助者聖母会員にあてた聖ヨハネ・ボスコの手紙 1886年5月24日 FMA会憲 追記参照
[2] 『喜びに喜べ』 7.
[3] L’Istituto ha celebrato il Capitolo Generale XXI nel 2002, “In comunione su strade di cittadinanza evangelica”, in cui le Beatitudini, considerate la Magna Charta della cittadinanza evangelica, venivano studiate e meditate. Le proposte di riflessione degli Esercizi spirituali precedenti il CG sono state raccolte in un volume: Maria KO – Giorgio ZEVINI, Dal monte delle beatitudini alle nostre città. Alle sorgenti della cittadinanza evangelica, Roma, LAS 2002.