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亡くなられた姉妹のおもかげ Sr.小山

シスター 小山 菊枝 マリア

帰天年月日

2024年10月20日

場所

大分県

修道生活

55年間の修道生活

略伝

 長崎県平戸市で、信仰深い両親の娘として生まれ、4日目にカトリック紐差教会で洗礼を受け、マリアの霊名をいただきました。信仰深く、温かい家庭の中で、相手の身になって思い、親切を尽くすこと、特に子どもや高齢者への気遣いを日常的に大切することを両親やご兄弟姉妹から学んでいます。

 召命の歩みについては、主任司祭の「行きたいという時に行かせてやりなさい」との言葉に動かされた両親が与えた許可のもと、1961年、別府聖心修道院の志願生として入会、1966年、ポストラート、同年8月から修練期、1969年8月5日に山中雪の聖母修道院で初誓願を立てました。

 立願後、東京聖マリア・マザレロ修道院でユニオラートをしました。次いで、別府聖心修道院、静岡聖心修道院、世田谷幼き聖マリア修道院、大分聖ヨゼフ修道院、目黒マリアの汚れなき聖心修道院で、児童養護施設の子どもたちのアシステンテ、学習指導、小学校の子ども達の教育を中心にサレジアーナとしての教育使命に生きました。さらに、小教区・教会司牧では教会学校、洗礼準備や典礼奉仕、院内でも香部屋係、洗濯など、種々の仕事に寛大に従事しました。その間、保育士、小中高の教員免許などの資格も取得、イタリアでの学びや奉仕も心をこめて果たしました。長い修道生活の中で、Sr.小山にとって特別の思い出は、イタリアでの祈りのコルソに参加し、深い信仰の場の体験、多くの方々との出会いの体験がSr.小山のその後の生活の支えとなったようです。

 Sr.小山は、人との関わりにおいて善意をもって相手に尽くすと同時に、動物を可愛がり、植物の世話、庭の手入れ、畑では果物や野菜を育てて共同体の姉妹たちに新鮮な味わいを楽しませていました。

 2015年4月からは大分聖ヨゼフ修道院で、小百合ホームの学習指導員やラウラ児童館に訪れる人を迎える使命を果たしました。子どもたちの学習指導については、小学校での経験を生かし、一人ひとりの子どもにしっかりと目標をおいて学習の指導にあたり、サレジアーナとしての使命をこころよくはたしていました。

 今年8月半ば頃まで元気に小百合ホ-ムでの学習指導や庭仕事などをしながら過ごしていましたが、8月の終わり頃 急に身体に力が入らなくなったと言って近くの病院で受診した折、さらに精密な検査のため、大分医療センタ-を紹介されました。検査の結果、進行の早い癌が肺に転移しているとのことで、急遽、9月に大分医療センターに入院しました。10月に入り急激に病状が悪化しはじめましたが、その中で、常に平静を保ち、見舞いに訪れる姉妹方にはいつもこころからの感謝を表していました。「皆さんのお祈りに感謝しています。私はたくさんの人に支えられて生きてきました。家族、関わった子どもたち、学校に勤めていたときの保護者の方々、姉妹たちに。感謝することしかありません」「今はすべて受けとめて、委ねて、捧げています」と言っていました。入院中、プッポ神父様から赦しの秘跡と病者の塗油を授けていただき、入院からわずか1か月半、神様は病気の苦しみを超えていく力とその苦しみを最後まで穏やかに平和のうちに捧げ尽くす大きなお恵みをくださいました。こうして、Sr.小山の好きな聖書の言葉、「神の慈しみは永遠」と繰り返しながら、10月20日、午後4時37分、進行のはやい癌性リンパ管症のため最愛のおん父の身許に召されました。扶助者聖母の娘としてすべてを与え尽くし、享年78歳、奉献生活55年の生涯を全うしました。