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福者ラウラ・ヴィクーニャ生誕125周年

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ローマ(イタリア)

 2016年4月5日は、福者ラウラ・ヴィクーニャが1891年4月5日に、サンティアゴ(チリー)で誕生した125周年の記念日です。1900年にラウラはアルゼンチンのネウクェン地方に位置するフニン・ロス・アンデスの扶助者聖母会の寄宿学園に受け入れられました。翌年初聖体を受けて、ドメニコ・サヴィオと同様に、全力を尽くして神を愛する決心を立てました。罪を犯すよりも死ぬこと、イエスさまをまだ知らない人に知らせること、他者の罪を償うという3つの決心をお約束しました。自分の母が罪の状態に生きていることを知って、母の回心のために主に自分の身をささげる決心をしました。ラウラは聴罪司祭の承諾を得て、いっそう聖徳に励み、福音的勧告を守る私的誓願を立てました。犠牲と病気によって衰弱したラウラは、1904年1月22日に、アルゼンチンのフニン・ロス・アンデスで亡くなりました。最期の夜に、母に打ち明けたのでした。「ママ、わたしは死にます。わたしはずっと前にイエスさまにお願いしました。“ママが神さまのもとに立ち返るお恵みをいただくために、わたしの命をイエスさまにおささげします”と…ママ、わたしが死ぬ前に、回心なさったママを見る喜びを得させてくださらないかしら?」。ラウラのお葬式の日に、母は回心して秘跡を受け、新しい生活を始めました。ラウラの柩はアルゼンチンのバイア・ブランカの扶助者聖母会の聖堂に安置されています。1988年9月3日、コッレ・ドン・ボスコで、教皇ヨハネ・パウロⅡ世は、ラウラを救いの使命を果たすために命をささげるほど福音を実践した模範として、若い人たちにお示しになりました。1月22日は典礼による記念日と定められています。

 

福者ラウラにささげる祈り

福者ラウラ・ヴィクーニャよ、
あなたはキリストの似姿となるまでの
英雄的な人生を生き抜かれました。
わたしたちの信頼に満ちた祈りを受け入れ
わたしたちに必要な恵みを 主にお取り次ぎください。
そして、清く素直な心をもって
おん父のみ旨に従うように 助けてください
わたしたちの家庭に平和と忠実をお与えください。
わたしたちの人生も、あなたの生涯と同じように、
言行一致の信仰と、勇気に満ちた清さと、
兄弟たちの善のために注意深く思いやりのある愛を
輝かすものとなりますように。
アーメン。

 

参考サイト 125 Beata Laura Vicu