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マリアと共に平和の文化を生みだそう

No.1026

 

 マリアと共に平和の文化を生みだそう

 

愛する姉妹の皆様

世界共同体感謝の日の準備という特別なこの時に、わたしは、皆様お一人ひとりに心から喜びをこめ、深い親愛に満ちた感謝を申しあげたいと思います。

主がわたしたちの修道会で働かれ、そして今も働き続けておられる不思議な業を考えてみますと、過去、現在、未来の修道会員、一人ひとりの生涯と召命に対し、自ずと賛美と感謝の念が湧いてきます。

人に知られることなく、日常生活の素朴さ、時には決して容易ではない状況にあって生き抜かれた英雄的な謙虚さ、あらゆる地域で、ひたすらDa mihi animas cetera tolle(我に霊魂を与え、他のものは取り去りたまえ)の情熱とA te le affido(あなたにこの少女たちを委ねます)!の委託に駆り立てられ、自らの最善を尽くした非常に多くの姉妹たちによって、世界にどれほどの善が蒔かれたことでしょう。この方々と姉妹の皆様、教育共同体、世界中のすべての青少年の皆様に感謝いたします。ありがとうございます。

感謝の日は、わたしたちが家族的精神を強め、自分たちの歴史の源泉に立ち返るよう導いてくれます。『メモリエ・ビオグラフィケ』には、少年たちがドン ボスコのために自発的にやり始めた最初の祝日について書き記されています(MB III, 534-535参照)。モルネーゼでは、マードレ マザレロがこの慣習を受け入れ、ドン ボスコ自身からそのような祝日の教育的意義を学んだのでした。

4月26日にボゴタで開催される「世界共同体感謝の日」を、素晴らしい交わりの体験をしながら準備しているコロンビアの4つの管区に感謝いたします。選ばれたテーマ「マリアとともに平和の文化を生みだそう」は、わたしたちが生きている今の時代の考察から生じたものです。実際、世界では30以上の戦争が起きていて、さまざまな形で平和が脅かされています。このテーマは、「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる」(マタイ5:9)という神のことばに照らされ、疲れることなく、平和を築き、平和の文化を生みだそうという明確な招きです。

わたしたちは、非常に差し迫った地球規模の課題に答えるため、とりわけ教育を通して、わたしたち独自の女性としての資質を働かせるよう求められています。教育がなければあらゆる平和のプロジェクトは実体のないものになると教皇フランシスコは強調されます

(教皇フランシスコ、2022年の「世界平和の日」参照)。続いて、「平和は女性です」と述べられ、この点における女性の天性の貢献はかけがえのないものであるとおっしゃっています (2019 年 3 月 8 日のアメリカ ユダヤ人委員会の代表団へのスピーチ 参照)。

マリア・デル・ロサリオ・ガルシア副総長が、すべての管区共同体に送られた手紙の中で、祝日の準備の過程を具体化するための示唆と明確なガイドラインを提供してくださったことに、特別な感謝を申しあげます。

皆様お一人ひとりをボゴタにご招待いたします。

 

未来のためにいのちを生みだす

わたしたちは、主がわたしたちの信頼と、主の愛への回心の力を新たにするこの四旬節に、第24回総会議事録のタイトル「マリアと共にいのちを生みだす『presenza』」を取り上げて、総会後の歩みを続けます。

いのちを生みだすことは、わたしたちサレジアン・シスターズにとっての優先課題です。

そのためには、イエスへの情熱と教育への情熱を再度呼び覚まし、青少年や家族の日常生活の中で、直面している今日の課題を善の機会としてとらえ、わたしたちの共同体の現実の中で、それを実践することが必要です。

わたしたちは、教育共同体のすべてのメンバーに参加を促し、それぞれの資質を統合することで、その共同体の中で生みだす力を生きています。

わたしたちはカリスマの未来に対する責任を、共に痛感しています。実際、わたしたちには教会と世界に対して聖霊の賜物についての責任があります。

いのちを生みだす力は、人生の困難や試練に落胆したり、くじけたりしない創造力によって測られますが、次世代の人々がわたしたちよりも更に良い生活をし、より多くの善をすることができるよう、必要な条件を整えるために努力を続けています。

マードレ マザレロが亡くなったとき、修道誓願の年数はわずか9年でしたが、その存在は時の中で生き続けています。なぜなら、彼女を通して教会と会全体に与えられた聖霊の賜物を、わたしたちは意識しているからです。

会憲第1条に次のように書かれています。「聖霊のたまものと聖母の直接の働きかけによって、聖ヨハネ・ボスコは、青少年の心にひそむ期待に対する救いのこたえとして、わたしたちの修道会を創立した」と。

それは、教会における新しい使徒的霊的体験の恵みをドン・ボスコに与えられた神の働きを感じ取ることです。この同じ経験をマードレ マザレロと初期のサレジアン・シスターズが共有し、完全に参加し、ドン ボスコ自身が本会の総指導者であるドン ジョバンニ・カリエロにこのように語っています。「あなたはわたしたちのオラトリオの精神、予防教育、そして青少年に愛され、耳を傾けられ、従われる秘訣、すべての人を愛し、誰にも屈辱を与えず、父としての警戒心、忍耐強い愛徳、そして絶え間ない優しさで昼夜を問わず、彼らに同伴する秘訣を知っています。マードレ マザレロにはそれと同じような資質がありますから、会と姉妹たちの統治に信用することができます。彼女は、わたしたちのオラトリオ、サレジオ会の会憲、決議の固有の精神、制度、性格に適合すること以外に何もすることなく、何も手を加えません。つまり、その修道会はわたしたちの修道会と同じものです。同じ目的と手段を持ち、それを模範と言葉によって姉妹たちに教えています。それから姉妹たちは、マードレの模範に倣い、上長や院長や教師であるよりも、もっと若い寄宿生に対して優しい母親となっています。」(マッコーノ・フェルディナンド著「聖マリア・マザレロ 扶助者聖母会初代総長 共創立者」第1巻 トリノ 1960,274)。

確かに、カリスマはダイナミックな力を持っています。それは今ここで、個人として、教育共同体として、また、会としてわたしたちに委ねられました。しかし、その未来は、わたしたちの勇気、先を見越して果敢に取り組んでいく創造性、ビジョンと神の新たな呼びかけを受け入れる能力にかかっています。不可欠な条件は、教会のシノドスの歩みと歩調を合わせながら、共に歩み、最も適切な道を共に探すという選択です。

そのために、第24回総会の第2の優先課題として、次の事項を決定しました。「活性化、統治と教育事業の運営において、循環、参加、分かち合いのスタイルのうちに、いのちを生みだすリーダーシップとしての権威の奉仕を生きます。使命とカリスマの活性化に奉仕するために、物理的、組織的な構造を、勇気をもって再設計します。」(第24回総会議事録、35.2)。

 

いのちを生みだす活性化として

会において、活性化と統治の奉仕に呼ばれた人は誰でも、第一に、使徒的使命において、神との出会い、祈り、共同体、兄弟愛、そして共にする体験によって養われる多様性の中の一致への配慮を通して、交わりを求めなければならないことを分かっています。

また、歩みの同伴者となり、姉妹たち皆と協力して、教育共同体にとっての基準点となります。

権威の奉仕を行う人は、聖霊に素直に注意を払い、祈りと、神のことばと、現実に耳を傾ける中で、さらに、姉妹やカリスマを共有するミッションパートナーと建設的な検討を行う中で、地域、管区、世界レベルの共同体のシノドス的な歩みにおいて、神のご意志を謙虚に探し求めるのは、まず自分であることを知っています。

マードレ マザレロには、このような関与と共同責任を伴う参加の姿勢が見られます。彼女は、活性化の奉仕についての理論的な説明をすることはありません。人々のそばにいるその存在、一人ひとりとの個人的な出会いのスタイル、共同体や司牧の歩みで、皆の資質を最大限に活用するその能力は、最高に愛された神への温順な傾聴と完全な自己委託の長い歩みの成果です。

わたしたちは、より共同体的、兄弟姉妹的、シノドス的なスタイルの活性化のために、すべての人が望む刷新には、特にこの歴史的な瞬間に、細心の注意と配慮が必要であることを認識しています。そのため、総評議会とともに、総評議会プログラムに「いのちを生みだす活性化のために」をテーマとする諸管区協議会のセミナーを、6年間の計画に組み込みました。

シノドスの精神では、個々の現実は、いのちを生みだす力を成長させる場である関わりの現実と絡み合っています。いのちを生みだす活性化は、実に、現在と未来を全体的に見渡すことができるシノダリタのダイナミックな力の中で、わたしたちに委ねられた人を福音的に成長させるため、「光をもたらす」力を与え、配慮することを目的とした相乗作用において、より確実に実現されます。それは、愛の創造的な才能に動かされて責任を引き受けることです。

教会の歩みとわたしたちの会の歴史に組み入れられたこの方向性において、わたしたちは、一人ひとりを大切にし、青少年や恵まれない青少年のために、より実り豊かな使命のために、あらゆるレベルの活動や統治のスタイルとして、シノダリタをこれまで以上に広い意味で考え、身に着けるよう求められています。

 

責任と従順

権力の集中や形式的な遵守を追求する権威の奉仕は、サレジオ的ではなく、誰も納得させることはできません。同様に、平等を方針とする水平主義も説得力がありません。権威を嫌うのと同様に、常に従順と責任の中でしか生まれない真の自由の香りにも気づきません。(奉献生活と使徒的生活の会、「新しいぶどう酒は新しい革袋に」奉献生活と課題は、2017年の第二バチカン公会議以降、まだ開かれている課題」参照)。 

シノダリタは、共同体の「接着剤」として従順を土台としています。内的自由と共同体や使命に対する責任感が伴わなければ真の従順はありません。

わたしたちの会憲の 32 条には次のように書かれています。「ドン ボスコは、従順をわたしたちの生活の『中軸』と見なしている。なぜなら、わたしたちの従順は、本会の使徒的使命、およびその共同体的な特徴に緊密に結ばれているからである。わたしたちは、上長と姉妹たちとの交わりのうちに、皆に委ねられた使命を実行するために要求されるどのようなことにも応じる覚悟である」と。

わたしたちの会憲は、言葉は異なりますが、わたしたちがサレジアン・シスターズとして召されている使命のシノダリタのスタイルを明確に表現しています。従順は、実際、わたしたちの自由を強め、多くの姉妹が証言しているように、共同体と使命に奉仕する責任ある創造性に示されています。考えること、質問すること、対話することを放棄するわけではありません。しかし、実に自分自身と偏見から離脱し、神のみことば、会憲、教会の教えと向き合い、共同体の対話と相互信頼が、わたしたちの生きている自由と現実に影響を与える能力を強化します。

 続いて、会憲32条は、わたしたちの従順のスタイルを明確に示します。「わたしたちは、信仰の精神によって、『明るい心で謙遜に』責任感と本会への所属意識をもって従う」と。

ドン・ボスコにとっての従順は、青少年やサレジオ会員に絶えず教えていた欠くことのできない美徳でした。バルドッコの中庭で青少年たちとした会話を思い起こしてみましょう。皆の前でハンカチをたたみ、それをくしゃくしゃにして丸め、こう言いました。

「もし皆さんが、わたしがハンカチでしたことを見たように、同じことをわたしにもさせてくれるなら、すべてが可能になります! 皆さんがわたしに従うなら、わたしの意志、主の意志を行うなら、オラトリオの青少年を通して、主が奇跡を行われるのを見ることができるでしょう。」(MB 6巻、 I章 11-12)

マードレ マザレロは、サレジオ会のスタイルで、女性的で、また明らかに聖パウロに共鳴する仕方で、わたしたちを従順へと招きます。「愛の心があなたに命ずることは、すべて自由に行いなさい」と。(手紙35、3)この自由は、愛徳の優位性を認識し、奉仕することによって実践されます。マードレ マザレロは、愛徳とは何かを表す従順を生きるよう求めています。「愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。愛は、決して滅びない」(コリントⅠ,13,4-8)のです。

 したがって、愛における自由は、共同体の生命力となり、行動においてはダイナミックでシノドスのエネルギーとなります。それは、シノダリタを前進させるには、新しいスタイルの活性化と統治を前提とし、また、使命において従順で共同責任を負うという新しいスタイルも必要であるという確信のもとに、わたしたち自身と所有しているものを、責任を持って共有するよう導きます。それは、ミッションパートナー、青少年、サレジオ家族、そしてわたしたちがカリスマを共有するすべての人々と交流しながら歩む開かれた道です。

最後に、戦争という暴力、不正、宗教的・社会的差別、気候変動による悲惨な結果、地震、特にシリアとトルコでの地震に、民衆とともに苦しんでいる姉妹や共同体を、もう一度思い起こしたいと思います。

わたしたちは、管区、共同体、個人、青少年、子供、そして家族の皆様から、地震の悲惨な状況に対処するため、連帯としての寄付をいただきました。また、更に続けてくださることに感謝します。わたしたちの絶え間ない祈りが、人類家族全体に主の平和と祝福を願い、連帯を強めることができますように。

また、総評議会に代わり、皆様お一人ひとりとご家族の皆様、アンヘル・フェルナンデス・アルティメ総長様とサレジオ会兄弟の皆様、そして、サレジアン・ファミリーの皆様、また、情熱と愛をもって教育使命に携わって下さるすべてのミッションパートナーの皆様に、心から聖なるご復活祭のお慶びを申し上げます。とりわけ青少年の皆様には、希望と光の願いをこめてご挨拶いたします。

主の復活の光が、希望と平和をもたらし、わたしたちのいのちの中で輝きますように。

心からの愛を込めてご挨拶します。また、皆様方のお祈りに心から感謝し、わたくしの祈りをお約束いたします。

2023年3月24日 ローマ

 

皆様を愛するマードレ