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いのちを変容させる養成を目指して

No.1021

 

いのちを変容させる養成を目指して

 

愛する姉妹の皆様、

わたしたちのもとに届けられた反響から、先月8月5日には、どこにおいても本会創立150周年が荘厳で最高の時として体験されたことが分かりました。この記念は、世界のある地域では、FMA存在の始めからの100周年と重なっていましたので、青少年、教育共同体、サレジオ家族の皆さんの参与と熱意を高めることができました。ここ数年ドイツ、キューバ、ポーランド、インド、パナマで行われた、わたしたちの存在の100周年記念式典が行われた体験を思い浮かべています。

召命的な意味合いの濃いこのイベントの企画と開催への皆様の参加と寛大な対応に感謝いたします。そこには献身的で、犠牲をものともしない入念な、そして全員がひとつになって行われた準備が見られました。それは確かに主と本会への帰属意識を呼び覚ましたことでしょう。

わたしは、わたしたちの召命の「火を再び燃え立たせ」、教育使命をより実り豊かなものとし、現代世界のただ中でいのちと希望を生み出す共同体となるために、このようなイベントによる恵みの成果を、これからも保ち続けるよう皆様にお願いします。

この150周年に初誓願を立てた111人、終生誓願を立てた144人、そして皆様お一人おひとりの忠実さ、特に奉献生活25年、50年、60年、70年、75年、80年を迎えられた姉妹方のために主に感謝します。

 

生活を通して共に養成され、変容されるままになる

第24回総会で、カナの婚礼に参列しておられたイエスとマリアの現存に照らされながら、総会は次の不可欠な3つの選択をしました。召命に新たな活力をもたらすために「継続養成」のうちにあること、共に歩む「シノダリタ」のうちに前進すること、そして、「総合的エコロジーの視点におけるネットワーク」のうちに行動することです。この3つのアクションを結ぶ糸は「presenzaによる預言」、すなわち、個人として、共同体として、現代のただ中に「わたしたちはいる」ということです。したがって、わたしたちは、召命として固有のマリア的アイデンティティをもって生きるように、また、真の意味で使徒的・宣教的活力であるサレジオのカリスマを再発見するように呼ばれています(第24回総会議事録19頁)。

それは、わたしたちが現実を賢明に読み深め、地に足をつけて歩み、心を天に向け、絶えずドチビリタスの姿勢で歩むため、助けとなる選択です。

共同体においては、養成が具体的な現実に根ざし、人生のさまざまな段階において人間の種々の側面を、召命との関連で調和させる必要を感じています。

また、「本会の生命に関する6年間の報告 2014年―2020年」でも、人間的、霊的、カリスマ的、文化的、専門的な次元での養成の緊急性が明らかになりました。わたしたちを招かれた神の前で、また神がわたしたちに委ねられたすべての人々の前で避けて通ることのできない責任です。わたしたちは、「あなたがたに委ねます」という呼びかけに惜しみなく応えるために、生活を通して共に形作られ、変容されていく必要性を感じています。確かに、わたしたちができる最良の投資は養成です。本会のいのちの質と使命の実りは、養成にかかっているからです。

マリアは私たちに同伴し、わたしたちの家の中を歩き続け、ヴァルドッコやモルネーゼのように、今日もカリスマのいのちを生みだす力を生きるようわたしたちに求めておられます。

第24回総会は、個人と共同体の責任として、日常生活の中で体験される養成を大いに強調しました。実際、生活は、日常の霊性が具現される場であり、自分の存在の通常の環境において、わたしたちの会憲への忠実さのうちにキリストへと形作られ、成長します。

ドン ボスコとマードレ マザレロの信仰に、サレジオのカリスマの未来とわたしたちの会の継続性の種子、わたしたちの希望の支え、使徒的愛徳の糧が蓄えられています。たとえ脆弱さと疲労の中にあっても、わたしたちは、信仰と希望をもって、時の中で創立者のカリスマを活性化するよう求められています。共同体としての日々の経験、祈り、秘跡的な生活、共同体での関り、そして青少年に自分自身を与える中で育まれることが必要であることは明らかです。わたしたちの聖人たちは、FMAの多くの世代の個人、そして共同体の聖性の歩みに印を刻んだように、わたしたちの日々の歩みを印すいくつかの日常の養成手段を賢明にも残して下さいました。

規則には、個人的、共同体的な養成の具体的な時として、個人的対話、毎週の講話、「ボナノッテ」、総長のチルコラーレ(会則124参照)が挙げられています。

今回のチルコラーレでは、「ボナノッテ」の大切さ、カリスマ的な重要性に注目したいと思います。

 

ドン ボスコとマードレ マザレロの「ボナノッテ」

サレジオ会の「ボナノッテ」の伝統は、マンマ マルゲリタのおかげで生まれました。前の晩にマンマ マルゲリタから小言を言われた少年たちが朝になって逃げ出していたことを経験した彼女は、ドン ボスコが受け入れた次の少年たちのグループに、就寝時の挨拶をする前に短い話をしました。翌朝、シーツや毛布を持って出て行った最初のグループとは異なり、少年たちはまだ安らかに眠っているのを見たドン ボスコは、前の晩にマンマ マルゲリタが話した言葉の効果であると思いました。

ドン ボスコは、青少年に多くの言葉をかける必要はなく、むしろ、衝動的で攻撃的なトーンを避け、直接に、明確で親しみのある心の言葉で語りかけることが大切だと確信していました。「ボナノッテ」は、彼の教育法においては、誰もが到達できる教育コミュニケーションを表しています。それは、一人ひとりに向けられた短く明解なメッセージであり、一日の終わりに、その日に経験したことの意味を見出す助けとなるものです。実際「ボナノッテ」は、具体的な出来事からヒントを得、生きる術を教えるあの日常の叡智に照らして、もう一度それを読み返します。

ヴァルドッコに家庭的な雰囲気を作り出したサレジオの価値観に満ちたコンテキストの中で、「ボナノッテ」は、ドン ボスコが自身の父性を明らかに表し、成長を助け、振り返えらせ、新たな希望を与え、子どもとして迎えられていることを感じさせ、一人残らず皆が成長するのを待っていることを分からせる愛を現わす時でした。「ボナノッテ」は長くする必要はなく、3 分以内で終わらなければなりませんでした。しかし、それは家族の行事であり、一日の終わりには欠かすことのできない大切なひと時でした。ドン ボスコはこの務めを自分自身のものとして受け止め、それができない時、ドン ミケーレ・ルアがその代わりを務めました。

モルネーゼでも「ボナノッテ」は大切な習慣であり、誰もが待ち望んだ瞬間でした。マードレ マザレロは、通常、扶助者聖マリアのご像の前で、ご自分の周りに共同体を集めていました。

それは、家族的な親しみを深めるひと時でした。そこでマードレは時として、次の日の予定や指示を与えることもありました。また、祈るべき恩人を思い出させたり、支部または会の最も緊急な必要を分かち合ったり、共同体が特に気をつける必要のある会則の種々な点について、あれこれと勧めを与えていました。何よりもまず、聖体拝領の準備、召命の恵みへの応え、そして、FMA一人ひとりを活気づける青少年の間での福音宣教に毎日自分自身がより温順になりたいという望みについて強調していました。

それは、具体的な生活、分かち合い、真の家族的精神の体験でした。

マードレ マザレロは、姉妹、若者、ミッションパートナーに、母性的で穏やかな口調で語りかけていました。その瞳は娘たちの視線と交差し、そこには喜び、驚き、時には心配や悲しみを滲ませていました。

彼女が見逃すことは何もありませんでした。その直感的な態度で、話しかけている相手の内面的な反響をすべて受け止めることができました。

 

「ボナノッテ」それは、貴重なカリスマの遺産

資料を参照することは、わたしたちの共同生活における「ボナノッテ」の意味と教育的・霊的価値へとわたしたちを導きます。それは、自分たちの息子や娘を大切に思う父や母の心から生まれたもので、模範的で家族的、母性的な起源を思い起こさせます。

時として、わたしたちはあまりにも簡単に、この単純でありながら、共同生活にとって非常に有意義な実りあるこの慣習をなおざりにしたり、重荷や支払わなければならない義務として生きています。

出会い、そして分かち合いたいという望みと家族的精神から生まれ、それを育むことを目的としたこの典型的なサレジオの慣習を、再度、わたしたちが自分のものにする好機だと思います。

「ボナノッテ」は単なる良い考え、一般的で抽象的な考察というのではなく、教育共同体、教会、世界で起きている現実を基因とします。信仰の目で出来事を読み取り、生活の中心と統一を取り戻し、拡散し、断片的になることを避けながら要約するよう助けます。また、心に安らぎを与え、しばしば疲れや苦労の多い一日の終わりに内的なバランスを回復するのに役立ちます。それは、青少年の善のためにすべてを与え尽くす人生にとって、不可欠な沈黙と内面の潜心を容易にします。

「ボナノッテ」には常にサレジオ会的なワン・ポイントが重要であるとわたしは考えています。つまり、重要な人物、本会での出来事、わたしたちに挑戦している教育的課題などに言及し、これについての短い考察が明確で、魅力的であるように方向づけることが重要だと考えています。

「ボナノッテ」が効果的であるためには、よく準備され、歓待されなければなりませんから、親しみやすい口調で、決して講義や講話であってはなりません。叱責や過度に否定的な批判を控えることです。一日の終わりには、すでに疲れていたり、しばしば差し迫った仕事に追いたてられた重みがあります。

穏やかな夜を迎えることができるよう、明るく前向きで励みになる余韻を残す必要があります。「ボナノッテ」に刺激され、アイデアやイニシアティブ、翌日まで続く善への望みが生まれることが良くあります。

ドン フィリッポ・リナルディは次のように要約しています。「ボナノッテは、良い夜を準備しなければならない」と。

 

重要なサレジオ養成の時

9月25日から30日まで、ローマ本部で開催される国際大会のテーマ「教育へのFMAの貢献(1872年から2022年): 行程、挑戦、展望」を思い起こしたいと思います。

創立150周年記念の様々な行事の中に組み込まれ、多くのミッションパートナーと共有するわたしたちの教育使命において、未来への道を開く、養成に関する魅力あるイベントになるでしょう。

10 月 9 日の日曜日には、サレジオ家族としてわたしたちは、人間性豊かで、福音とサレジオのカリスマに根ざした楽観的な関りを持ち、謙虚な人々に無条件に自らを捧げた神の人、アルテミデ・ザッティ修道士の荘厳な列聖式に与ります。彼の執り成しによって、隣人の善と喜びに貢献するための心の準備、犠牲の精神、自分自身を求めるあらゆることからの完全な離脱を呼び覚ます宣教的な寛大さの賜物を主に願いましょう。

また、来月10月20日には、神のしもべマードレ ロゼッタ・マルケーゼの生誕100周年を思い起こします。創立150周年という状況において、この記念日は、本会のいのちの中で聖霊によって呼び起こされた聖性の歴史に感謝し、マードレ ロゼッタが実現し、証しされたカリスマについての理解を深める、新たな機会ともなります。

この機会に、彼女を偲び、彼女をよりよく知るためのパネル・ディスカッションが本部で催される予定です。これについての詳細は、本会のWebサイトで掲載します。

総評議会の姉妹と共に、心からのご挨拶を申し上げます。

扶助者聖マリアとマードレ マザレロの祝福が皆様の上にありますように、また、美しいロザリオと福音宣教月間となりますようお祈りいたします。

ローマ 2022年9月24日 

 

                                                     皆様を愛するマードレ   

マードレ キアラ・カッツオラ