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マリアと共に、娘そして母

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N 1017

マリアと共に、娘そして母

 

愛する姉妹の皆様、

わたしは、喜びと愛情をもって皆様とともに、神がわたしたちの生活、修道会、教会、そして歴史に絶えず注いでくださる計り知れない贈り物に感謝しております。

世界共同体感謝の日を祝うこと、それはサレジオ的でありモルネーゼの素朴な体験からあふれ出たことを思い出せるのは素晴らしいことではないでしょうか。わたしたちにとってカリスマのレベルで、ヴァルドッコとモルネーゼの特徴である感謝と家族的精神を表し、これを受け継いでいくとても重要な時です。

今年のお祝いは、本会創立150周年を記念し、特に華やかなお祝いの雰囲気の中で行われ、マードレ マザレロがわたしたちに求めているように、大らかな心(手紙47:12参照)で歩み続けたいという思いがわたしたちを一つに結んでくれます。

多くの政治的、社会的課題、戦争や暴力で印されたこのような困難な世界情勢の中で、祝祭を催すことは矛盾しているかのように思われます。しかし、このような状況だからこそ、「青少年の心にひそむ期待に対する救いのこたえとして」 (会憲1条1)、わたしたちは自分の召命の喜びと美しさをより効果的に目に見えるものとするよう求められています。こうして、わたしたちは平和とより良い生活を求める人たちの苦しみや希望に連帯し、分かち合うことができるのです。

わたしは、ピエモンテ管区「扶助者聖マリア」(IPI)の提案を受け、わたしたちの修道家族の中に常に新しい方法でご自身を現される主に深く感謝しながら、歩みを続けるため、貴重で有益な考えを伝えてくださった副総長スオル・マリア・デル・ロサリオ・ガルシア・リバスに感謝いたします。

また、特にこの祝日の準備をしてくださったピエモンテ管区の皆様に感謝いたします。これは、いつもわたしたちに寄り添い、同伴してくださる本会の母、教師、扶助者、霊感の与え手であるマリアのpresenzaに焦点が当てられています。

わたしたちは、わたしたちの「聖地」で精神的・歴史的な歩みをするように招かれています。 トリノ、モルネーゼ、ニッツァは、最初からずっと時の流れの中で聖母マリアの直接、また積極的な介入を見た体験へとわたしたちを呼び戻してくれるところです。

 

母なるマリア、本会の真の長上

ドン・ボスコ自身は、扶助者聖母会が創立される10年ほど前、トリノのヴィットリオ広場で、彼に助けを求める大勢の騒々しい少女たちの間にいる夢を見たと話しています。かれは反射的にその光景を避けましたが、その時、神々しい顔の高貴な女性が「世話をしてください、わたしの娘たちです。」と言うのを聞きました。

その夢の描写は興味深いものです。高貴な婦人が彼に現れ、その顔は光輝いていたのです。

9歳の子供の頃の夢に描かれているように、またトリノのバシリカにある画家トマソ・ロレンゾーネの絵に描かれているように、マリアは優しく強い母であり、活力に満ちた方です。

聖母マリアは、ドン ボスコに修道会を創立する道を示し、具体的な方法で彼に霊感を与え、モルネーゼの道を通ってマインと無原罪の娘たちとの出会いへと彼を導きます。それは、若者の愛のために直面した困難、冒険、苦悩を通して、オラトリオの創設、開始へと彼を導いたのと同じです。

ドン ボスコの夢とほぼ同じ頃、モルネーゼのボルゴ・アルトでマリア・ドメニカは、幻を見ました。彼女は、大勢の少女たちの寄宿学院のような大きな建物が眼前に現れるのを見ました。…するとその時、『あなたにこの少女たちをまかせます』という声を聞きました。

「マリアは、急いでそこから離れ、二度とそれについて考えを留めないように努めた。しかし、あの少女たちはまるで彼女を呼ぶかのように彼女の脳裏から離れなかった。特にあの丘を通らなければならないに時、そうだった。」(クロニストリア邦訳1,128)とクロニストリアは言います。

「あなたにこの少女たちをまかせます。」これは、決して忘れられない声でした。本会の創立150周年に、わたしたちに委ねられ青少年の世話をするという呼びかけの響きが、一人ひとりのうちに今も聞こえることは意義深いことです。

ドン ボスコとマードレ マザレロの養成の歩みにおいてマリアの存在は、とても力強く、霊的出会いの場になります。

各創立者は、自分が始めた修道会のカリスマ的ビジョン、プロジェクト、霊性の要約を、その名称で表現します。この名称はすでに、教会における修道会の特徴であるアイデンティティの側面を想起させるものです。

1872年8月5日、ドン・ボスコは、全く聖マリアのものである女子修道家族に名前を付けました。彼は新立願者たちを支え、励まします。そして、困難と十字架が欠けることのない宣教的ビジョンへと彼女たちを開きますが、単純で貧しく、節制の人であり続けるなら、本会にはすばらしい将来が約束されていると保証します。そして最後に断言します。「Figlie di Maria Ausiliatrice(扶助者聖マリアの娘たち)という皆さんの美しい呼び名を誇りにしてください。また皆さんの会は、キリスト者の扶助者という称号のもとに祈る神の偉大な御母に捧げたドン ボスコの感謝の生きた記念碑でなければならないことをしばしば考えてください」(クロニストリア 邦訳1.384)。

「扶助者聖マリアの娘(Figlie di Maria Ausiliatrice)」という名称には、二つの特別な側面が含まれています。それは、マリアとの母娘関係と、教会と世界における奉献された女性の使命です。扶助者聖マリアの娘ということは、マリアとの関係で、娘として生きることによって、その母性、そしていのちを生みだすことを学び、特に青少年の間で聖母のように「扶助者」であることを学ぶのです(会憲4条参照)。

カナのマリアのように、助け手であり仲介者ですが、人生を喜びで満たしてくれるイエスと直接に触れ合うようにするため、宣教者でもあるのです。」

マードレ マザレロとして、また扶助者聖母会員として、その人生における霊的な旅は、生きた信仰の中心であるイエスにその原動力があります。マリアは常にイエスへと導きます。そしてFMA の使命はまさに若者たちがイエスと出会うように導くことです。実際、マリアは、福音に心を開くのを助け、聖性の歩みと宣教における献身の寛大さを支える、真の養成の働きを実現するよう支えてくれます。

ドン ボスコは、マリアを会の創始者であり、霊感の与え手であるとみなしています。扶助者聖母会のはじめに、最初の共同体の長上になることを拒否したいマリア・ドメニカ・マザレロの恐れと困惑に直面し、ドン ボスコは、今のところ彼女は単に「ヴィカリア(代理者)」という肩書を持ち、まことの上長は母である聖母です(会憲114条参照)と答えます。「ヴィカリア(代理者)」は、その存在、行動、母性を目に見えるようにするよう求められました。この認識は、マードレ マザレロにとって平和と落ち着き、安心感の源となるだけではなく、すべての姉妹や若者にも及び、統合された円熟に向けて分別と気配りをもって皆に同伴するための心の道を見つけるため、マリアの学び舎に行くようにとの招きでもあります。

毎晩、家の鍵を扶助者聖マリア像の足元に置くという仕草は、聖母の助けへの全面的な信頼を具体的に示すものでした。

presenzaの意義

ドン ボスコの人生において、マリアはマードレ、母として、常に存在しています。

その幼少期から彼の人生と選択を照らし導きます。また、その召命の歩みを優しく保護しながら伴います。ドン ボスコのうちには、青少年教育という事業において、母親の仲介への強い確信があります。彼は、若者がマリアの中に母を見いだし、あるいは再発見することが、どれほど建設的で内面的な癒しとなるかを確信しています。それは、歓迎し、養い、保護し、擁護する愛の経験をすること、そして、自分自身と他者への信頼の基礎を築くことを意味します。マリアのpresenzaは、ドン・ボスコにとって、マリアへの完全な委託へと変わります。それは、彼が何度も、特にその生涯の最期の時に断言します。「聖母がすべてを行われた。」

モルネーゼの最初の共同体でも、マリアは、イエスと切り離せない生きた存在として感じられていました。このpresenzaを確信したスオル マリア・ドメニカは、教育事業において、予防教育との調和の中で、マリアの母性のいくつかの側面を自分自身に反映できるよう努力しています。

マリアが共同体で「家」にいる(くつろげる)条件は、イエスがあなた方の真ん中にいらして満足なさるよう、すべての娘たちが兄弟愛のうちに生活することです。(手紙49,3)マリア・マザレロは扶助者聖マリアがご自分の娘を保護してくださると確信しているので、あらゆる状況でマリアの母としてのpresenza を疑うことはありませんでした。彼女が宣教女に勧めることは、彼女にとって議論の余地のない確実なことです。「聖母マリアに、大きな信頼の心をよせるのです。マリア様は、いろいろとあなたがたを助けてくださるでしょう。」(手紙23,3)

第24回総会中、参加者からは、わたしたちのこの現代世界のただ中で、生活し、働く状況の中で、presenzaの質について多くの意見が出されました。

祈りのうちに、ヨハネによる福音書2章1-12節と照らし合わせてきました。マリアはカナに居合わせ、まさに 「そこにいる」からこそ、見て、予見し、計らうのです。マリアは、神の予防的スタイルのしるしであり、わたしたちにとって、青少年の間での母性的配慮の模範です。(会憲7条参照)

今日、私たちは、パンデミック、不安定さ、将来への不確実性が人々の気力(モチベーション)そのものに深刻な影響を及ぼしていること、そして、わたしたちの使命に求められる新しい形の課題を引き起こしているこの時代に、前進すべき道として、全人的教育への有能で情熱的な献身が、どれほど優先的で緊急であるかを、わたしたちは体験しています。

教育共同体として、予防教育の教育学的観点から「先を見越す」ことを想定することが急務です。それは、人間の尊厳と成長のリズムを尊重し、成熟と幸福への道を提供することを目指すもので、それ自体が人間性を高める力を持っています。サレジオ家族では、青少年の教育に注意を払うことによって創造性を刺激し、出口が見えないように思われる状況でも新しい答えを見つけることができるようになります。 これは、勇気と回復力を発揮するよう求めます。ヴァルドッコやモルネーゼでそうであったように、マリアは、「私がします」という温順なpresenzaであるようにと教えます(会憲32条、第24回総会議事録n.7参照)。

最後に、本会創立150周年記念の重要な出来事を思い出してみたいと思います。1872年5月23日、すでにマリア・ドメニカ・マザレロと一緒に住んでいた最初の女性たちのグループは、ボルゴ・アルトのコレッジョの「無原罪の家」に移り住むようになりました。そこは、マインが幻で「あなたにこの少女たちを委ねます」という予言の声を聞いたところです。これは、クロニストリアによると、扶助者聖マリアの祭日の前晩であったので、「摂理的な機会」と記述されています。母は娘たちのために家を用意していたのです(クロニストリア1.355‐357参照)。          

また、5月、6月、7月には、創立150周年記念の準備に使用するカードと、85日の新しい「はい」の祝日の儀式と概要をお知らせします。この資料の利用は、各管区と共同体で自由に決めてください。

世界中でカリスマを開花させるため貴重な貢献をしてくださっている皆様お一人、おひとりと、各共同体、ミッションパートナー、青少年、サレジオ家族の各グループの皆様に改めて感謝いたします。会の活力のために寛大で実りある支援をしてくださっている高齢の姉妹、病気の姉妹たちに特別な感謝を申し上げます。

また、戦争、暴力、貧困、困難の状況にある共同体、そして難民や避難民を受け入れるために寛大な心で取り組んでいらっしゃる方々に、特別な挨拶と祈りをお約束したいと思います。わたしたちは、ウクライナと暴力の影響を受けているさまざまな国のために、平和を祈り求め続けています。

わたしは、ドン ボスコが言われたことが、わたしたちの各共同体で現実となることを確信し、マリアの現存による慰めと安らぎを皆様お一人ひとりのためにお祈りいたします。「言いたいのはこれです。聖母は本当にここにいらっしゃいます。皆さんのまん中に!聖母はこの家の中をめぐり歩き、そのマントで家をおおっていらっしゃいます。」(クロニストリア5、58頁)

現在、本部滞在、また不在の総評議員の姉妹方に代わり心からのご挨拶を申し上げます。どうぞ良い聖母マリアの月をお迎えください。お祈りいたしております。

 

ローマ 2022年4月24日

 皆様を愛するマードレ