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亡くなられた姉妹のおもかげ Sr.西村

シスター 西村滿代マリア

帰天年月日

2024年9月17日

場所

東京都

修道生活

61年間の修道生活

略伝

 Sr.西村は、1940年4月18日、12人兄弟姉妹の末っ子として生まれ、2日目に洗礼を受けました。父親は子どもたちのしつけに厳しい方でしたが、大変優しく、特に末娘の満代をとてもかわいがっていたようです。母親も優しい方で、兄弟姉妹は皆仲が良く、お互いに助け合っていたと話していました。このようなキリスト教的精神にあふれた温かい家庭の中で、しっかりと教育され、深い信仰を身に着け、明るく元気に成長しました。

 召命の発端については、次のように書き残しています。「幼い頃からシスターになりたいと思っていましたし、シスターになった従姉が一人いました。また、主任神父様がサレジアンシスターズを紹介してくださいました。両親に自分の望みを話した時、父親ははじめ入会を反対していましたが、一番上の姉の執り成しのおかげで両親の許可をもらうことができ、入会しました」と。

 1963年8月6日、初誓願を立てました。最初の使命は星美ホームのアシステンテでした。その後、1969年からは幼稚園教諭、主任として、長崎の南山幼稚園、赤羽の星美学園幼稚園、大分明星幼稚園、目黒サレジオ幼稚園に勤務しました。1983年、再び、南山幼稚園で主任として6年間奉仕した後、川崎サレジオ幼稚園で2年間、その後,静岡に異動して静岡星美幼稚園(現在の静岡サレジオ幼稚園)の園長として10年間奉仕しました。静岡での使命を終えて、1年間、生涯養成のための研修期間を過ごし、2002年再び大分修道院に異動して大分明星幼稚園で主任を務めました。 3年後、36年に及ぶ幼稚園での任務を終わり、赤羽の聖マリア・マザレロ修道院に異動して3年間星美学園短期大学の庶務課で奉仕しました。2008年から6年間は、調布マンマ・マルゲリータ修道院にて、サレジオ神学院の会員や、若い神学生たちのための奉仕し、また調布教会のオラトリオでの子どもたちとの関わりに喜んで献身しましたが、すでにこの頃から、体調の異変、特に手足の動きが思うようにいかずしばしば転倒するようになりました。2014年4月に赤羽の扶助者聖マリア修道院に異動し、受付の任務を果たしていましたが、2015年6月、難病に罹患していることが分かりました。次第に症状が進行し、修道院での共同体での生活は難しくなり、2017年4月からは老健施設に入所してケアを受けながら生活しました。2019年1月に慈生会ベタニアホームに移り、最期の時まで5年半ほどここで生活し、手厚い看護を受けていました。

 10年近くに及んだ闘病生活を強いられ、身動きが出来ず、自分の意志を伝えることができなくなっても、十字架のイエスと固く一致し、苦しみを捧げ、マリアの娘として、聖母に倣い、自分の人生、いただいた召命、神様のみ旨を思いめぐらす日々を過ごしてきたと思われます。

 Sr.西村は、決して自分に与えられた十字架を嘆くことなく、沈黙のうちに最期まで、聖母のようにすべてを心に収めていました。それは全て、奉献生活を捧げた主のため、そして子どもたち、若者たちのためでした。サレジアーナとしての素晴らしいお手本、数々の楽しい思い出を残し、9月17日、13時:50分、神様の身許に召されました。享年84歳、61年の奉献生活を全うしました。