No.1032
交わりを生き、使命に巻き込む
愛する姉妹の皆様
9月30日(日)、サンピエトロ広場で、アンヘル・フェルナンデス・アルティメ総長が教皇フランシスコによって枢機卿に任命(叙任)され、その式典にわたしたちのうち数人が扶助者聖母会を代表して参列しました。その場に居合わせることができなかった人々は、この出来事をテレビの生中継で見守り、わたしたちは皆、サレジオ家族にとってまたとない歴史的瞬間の証人として、近くから、あるいは遠くから参列するという感動だけでなく、アンヘル師と、そして教会への貴重な贈り物であるサレジオのカリスマに対する教皇の信頼に感謝する喜びの体験に参与しているのだと感じました。わたしたちは、彼が良き羊飼いとして、若者、貧しい人々、家庭、そして特に奉献生活に対する特別な愛をもって、わたしたちの傍にいてくださるということを知りつつ、その新しい使命のために祈ることを約束します。
交わりを生きる
教皇フランシスコが思い起こされたように、シノドス第16回通常総会の働きは、議会や政治的集会ではなく、すべての違いを一つの声の調和のうちにまとめ上げる力を持つ聖霊を主人公とする恵みの体験です。シノドス的で相互に響き合い調和する教会では、各キリスト教共同体や個々人が独自の特性を持っていますが、それは常に「シンフォニー」の調和のとれた一致のために機能しています。教皇は、聖バジリオが兄弟司教たちに宛てた文章を取り上げ、異なる者同士の間に交わりの絆を築くことの重要性を強調されました。「それゆえ、わたしたちがあなた方の相互の調和と一致をわたしたちの善として尊重するように、あなた方にも、分裂によって生じたわたしたちの苦しみを分かち合うように、また、位置や場所により、遠く離れているからといって、わたしたちをあなた方から引き離さないよう、聖霊に従って交わりのうちに互いに結ばれているからこそ、一つの体の調和の中に迎え入れるようにと招きます」(2023年10月4日、第16回シノドス総会開会演説)と。
シノドスを効果的に実現するために、扶助者聖母会として最も価値ある貢献は、宣教に実りをもたらし、わたしたちの日常生活の中で、識別し、互いに傾聴し、対話し、共に歩むことができるようにする交わりで あると、わたしは確信しています。
それぞれの共同体において、いのちが生み出され、維持されることが重要であり、単に集まって仕事をするだけではなく、真の交わりを経験することが大切です。
もし、わたしたち一人ひとりが、自由と共同責任に対する最も深い要望が尊重され、わたしたちが共に、楽観主義と司牧的愛をもって働き、交わりの真の源であるイエスとの交わりを強めることによって、それを養おうとするならば、いのちは育まれ成長します。
「主の名によって、共に生き、共に働くことは、わたしたちの召命の本質的要素の一つです。」(会憲 49)
わたしたちは、愛の神秘的な呼びかけのために、共通の使命のために、わたしたち一人ひとりが自分の力を最大限に発揮して貢献する総合的な教育プロジェクトを教会の中で実践するために、共にいます。
共に生きること、協力することを学ぶことは、共通の善を築き、出身地、文化、年齢、能力の違いに関わらず、使徒的レベルで効果的であるための前提条件です。ご存知のように、共に生きることを学ぶことは、未来に向けた教育の柱のひとつです。世界は今、戦争や暴力、支配への渇望によって揺れ動いています。従って、真の友愛、補完性、平和を共に築くために必要不可欠な要件を体験できるような共存を目指して教育し、また自分自身を教育することが必要であり、まさに、急務なのです。
燃える心、踏み出す足
わたしたちは今、マリア的、宣教的な月という典型的な意味合いで10月を生きています。教会は、ロザリオの祈りによって平和の賜物を人類に呼び求めることができる聖マリアを讃えるよう、わたしたちを招いています。これほど脆く、危険にさらされている現実であるからこそ、今日、非常に必要とされ、切望されています。
10月はまた、宣教に捧げられた月でもあります。わたしたちは、福音の告知が地の果てまで届くように祈るだけでなく、キリスト者とサレジオの生き方の本質的側面としての宣教性に新たに取り組むよう求められています。ドン・ボスコは、最初の宣教の夢の中で、サレジオ会の宣教が成功したのはロザリオの祈りのおかげであると述べています。再読をお勧めします(MB X, pp.53-55参照)。
使徒的勧告『エヴァンジェリ・ヌンティアンディ』第82号の中で、教皇パウロ6世はすでに次のように述べています。「願わくは、聖母がつねに刷新される福音化の星でありますように。教会は主の名に従い、とくに困難ではあっても希望に満ちたこの時代において、福音化を推進し完成させなければならないのです」と。教皇フランシスコは使徒的勧告『福音の喜び』の284号で、同じ概念を想起しています。「聖霊とともにマリアは民の中につねにおられます。祈るためにマリアは弟子たちを集め(使徒言行録1,14)、聖霊降臨において起きた宣教の爆発的な盛り上がりを可能にしたのです。マリアは、福音を宣べ伝える教会の母です。マリアを抜きにしては、新たな福音宣教の精神を十分に理解することはできません。」
イエスは、今日でも、わたしたちがその一員であり、生きている世界を福音化する使命をすべての人に委ねておられます。2023年 「世界宣教の日」のための教皇メッセージでの宣教は、エマオの二人の弟子が体験した変化する歩みに由来しています(ルカ24、13-35参照)。イエスの受難と十字架という痛ましい出来事に失望し、悲しみに沈んでいる彼らは、この経験をイエスのみ言葉に照らして読む必要があります。彼らはイエスを歓迎し、一緒に旅をしているイエスを認識するために、エルサレムからエマオまでの全行程を共にする必要があります。
それで、教皇様はこのメッセージの中で、わたしたちに、次のような本質的呼びかけをしています。「ですから聖書の意味を説明してくださるかた、復活した主に、いつも寄り添っていただきましょう。主の霊からもたらされる力と知恵をもって救いの神秘を世にのべ伝えられるよう、主に自分の心を、燃えあがらせ、照らし、変えていただきましょう」と。
二人の弟子たちは、パンを裂いているのがイエスだと分かった瞬間に、その姿は見えなったのです。そこで弟子たちは、イエスを心の中に迎え入れ、イエスご自身が自分の中に生きておられることを確認しました。これは、わたしたちの宣教性にとって重要な瞬間でもあります。わたしたちの内にイエスが生きておられることを発見し、再発見するとき、わたしたちはイエスを宣言し、その存在の喜びを分かち合わずにはいられません。
わたしたちは、実を結ぶために、主につながっていなければならないと確信しています(ヨハネ15:4-9参照)。イエスとの交わりは、わたしたちのもとにおられる主の現存の前に、み言葉の傾聴によって、聖体によって、日々の祈りによって、礼拝すること、沈黙のうちに留まることで得られます。(2023年「世界宣教の日」教皇メッセージ 参照)
マードレ・マザレロと多くのFMAまた、神のしもべマードレ ロゼッタ・マルケーゼは、聖体におけるイエスの生きた現存を特殊な方法で心の中で体験する恵みを受けました。それは、サレジアンの教育者としてのわたしたちを特徴づける体験であり、扶助者聖マリアの娘としての母に対する愛とともに、カリスマ的な賜物として、何よりも青少年や世界に伝えられるべきものです。
教皇フランシスコの言葉は、それをわたしたちに確認させます。「宣教活動にもっとも欠かせない源泉は、聖書と聖体のうちに復活したキリストを見、心にキリストの火を宿し、瞳にキリストの光をたたえる者たちです。彼らは、きわめて困難な状況や、真っ暗な闇の中にあろうと、決して死ぬことのないいのちをあかしするはずです。」(2023年「世界宣教の日」教皇メッセージ)
変化の旅の実りである宣教は、洗礼を受けたすべての人、そして、一人ひとりの使命です。会の歴史は、当初から宣教の歴史であり、それは、神との交わりの中で、また相互の交わりの中で生きる方法を知っていた姉妹たちによって、多くの青少年や大人を宣教へと惹きつけ、巻き込みながら、「燃える心、踏み出す足」によって書かれました。
宣教と未来
本会として、わたしたちは、わたしたち自身のカリスマ的アイデンティティに根ざしている生活と使命のこのような重要な側面をより深める必要性を感じています。創立以来、宣教活動はドン ボスコとマードレ マザレロの使徒的情熱の現れであり、今も尚、歴史を通して本会を際立たせてきました。創立者たちの宣教への情熱に加え、当時、指導者としてモルネーゼに来ていたサレジオ会員たちもまた、イエスを最も身近に選んだ人々の普遍的で構成的な側面として、最初の姉妹たちの宣教への熱意を育むことに貢献しました。その証拠に、あらゆる世代の多くの扶助者聖母会員が、さまざまな大陸の状況において、女子生徒、青少年、児童、女性の福音宣教と教育に携わってきました。
管区とFMAの寛大さのおかげで、修道会は地理的境界線外でカリスマ的存在を拡大しています。これは活性化と実りとのあかしです。カリスマは聖霊のたまものですから。この聖霊のなさることを誰も止めることはできません。( Madre Yvonne Reungoat, 本会の生命に関する6年間の報告 第24回総会 152 参照)
同時に、扶助者聖母会員が、人類のために光と塩であり続けることができるように、特に、新たな緊急の教育的ニーズがあるところで、わたしたちの存在を求める多くの要望があります。宣教の活力のしるしは、世代間、文化間、宗教間の対話を深めることに開かれた教育共同体です。それは、社会的兄弟愛を育む分かち合いの雰囲気で、豊かにされた人間関係のネットワークを広げ、各々がそれぞれの環境や社会・教会的コンテキストの中で自分の召命を豊かに成長させます。( 第24回総会議事録 14参照)
わたしは、国際性と異文化間という側面について簡単に触れたいと思います。この側面は、わたしたちの共同体において再発見され、評価され、強い信念と勇気ある開放によって生きるべきものです。これらは、わたしたちの会の最初から、特に国外宣教地で、わたしたちを特徴づけてきたことですが、むしろ選択であり、また、それだけではありません。
今日まで本会が享受しているカリスマ的な活力は、ドン ボスコとマードレ マザレロが、本会を創設し、それを、即座に領土や国境を越えて送り出したその大胆さと勇気に遡ることができるとわたしは信じています。確かに最初の宣教女たちは、教養的な準備は整っていませんでしたし、今日、わたしたちがこの任務に必要だと考えるすべての条件を備えていたわけでもありませんでしたが、その単純さと手段と教養の貧しさの中で、主の呼びかけに応えるという熱烈な信念によって、大きな勇気と深い信仰に動かされていました。
今日、宣教精神は、会の教育的カリスマを維持し、発展させるための選択をする際にも、わたしたちに求められています。
わたしは、国際的、異文化間の共同体を作ることについて、人材不足による限界や必要性としてではなく、むしろカリスマの生命力と未来のための選択として考えています。問題や挑戦は、わたしたちに新たな地平を開き、より本物で急進的な福音的、サレジオ的生活へと押し進めてくれます。
たとえば、新たな国際的顔を持った現在のモルネーゼの共同体は、会が他の多くの場所でも推進していることの表れです。わたしたちの存在を再度定義するためには、創立者たちがわたしたちに委ねたカリスマの精神に基づき、強い宣教的推進力をもって、教会的、異文化的、そして修道会間に開かれた姉妹と共同体を養成する必要があります。
いくつかの教会のお知らせ
10月5日、使徒的勧告『Laudate Deum』が発表され、教皇フランシスコはこの中で、インテグラル・エコロジーに関する回勅『Laudato si’』にすでに盛り込まれている内容を明記し、完成されました。同時に、手遅れになる前に、気候変動という非常事態に直面した際の、共同責任を求める警鐘と緊急の呼びかけを行っています。長くなりすぎないよう、今はこの話題には触れませんが、預言的価値があると考えるこの貴重な寄稿を、また機会があれば取り上げてみましょう。
今年もまた、諸聖人の祭日に向けて、「FMAの聖性の環の中で」というテーマで、養成と祈りの時が提案されることをお知らせします。それは、列聖に向かう姉妹たちの存在と執り成しの力を感じ、その現代性を理解し、そして何よりも、喜びと、五大陸の青少年に対する献身のうちに聖性の歩みを、今日、再び生きるため、この姉妹たちを思い起こしながら、宣教月間を締めくくる貴重な機会となるでしょう。
シノドス第16回通常総会の専門家として任命されたマードレ イヴォンヌ・ランゴアに心を合わせ、お喜び申し上げましょう。マードレに求められた普遍的な教会へのさらなる奉仕は、彼女と、そして彼女において本 会全体に対する敬意の表明だと受け止めます。マードレ イヴォンヌは、シノドスへの参加というこの体験が、本会全体を心に抱き、FMA全員との交わりの中でこの使命を生きるという、非常に豊かでユニークな経験となっている繰り返し強調されました。そして、わたしたちに祈りをもって同伴するよう求めていらっしゃいます。
サレジオ的・教会的な心でこの経験を生きようとしてくださるマードレに感謝すると共に、わたしたちの祈りと、また次第に進展するシノドスの取り組みをより近くから、親愛を込めて見守るという務めをお約束しましょう。教会のいのちにとってこの重要な瞬間に、「新たな聖霊降臨 」のように聖霊の勧めに 「耳を傾ける」ため、考えをもって毎日、マードレと一緒にパウロ6世ホールに参りましょう。
主の祝福がわたしたちの存在を喜びで満たし、わたしたちと本会のあらゆる現実に絶えず芽生える新しいいのちのしるしを喜ばせてくださいますように。
評議会の姉妹に代わり、心から親愛を込めてご挨拶します。
ローマ 2023年10月24日
皆様を愛するマードレ